松永浩美が語る 飛距離の伸ばし方(2)スイッチヒッター最多本塁打の打撃術
2024年のプロ野球も佳境を迎えつつあるが、今季は例年にも増して投高打低の傾向が際立っている。現役時代は1904安打を積み重ね、スイッチヒッターとしては最多の203本塁打を放った松永浩美氏に、投高打低の令和で活躍を続ける本塁打バッターに対する印象を伺った。※トップ画像/筆者撮影
――前回は速球の対処法に関する話題が出ましたが、現代のプロ野球では投手の皆さんがさまざまな変化球を操るようになりました。
松永:そうですね。確かに僕らの現役時代とは比べ物ないくらい球種の数は増えました。
そのせいで「色々な球種が来るから最近の野球は投手に有利だ」と言われることもあるんですけど……。でも、もし仮に自分が2024年の現役選手だったとしたら、打席でそれぞれの球種を細かく意識したりはしないかもしれません。球種やデータを意識しすぎてしまうと、おそらく自分のフォームを崩してしまうでしょうから。
©︎横浜DeNAベイスターズ
――なるほど。では、松永さんはどのような意識で打席に立ち、狙い球を絞るのでしょうか?
松永:大きく変化するボールは捨てて、それ以外のボールをストレート、フォーク、それ以外の変化球の3つに分けてみて、その中で打てそうなボールを待つと思います。
「相手のタイミングを外す」、「打者の軸を崩す」、「1つの球種を意識させる」と言う3要素が揃ったら、勝負は格段に投手有利になってしまいますから、それをさせないための方法を考えながら打席に立つんじゃないかなと思います。
――最近は捕手も1人のレギュラーに固定するのではなく、投手によって違う選手を起用するケースが一般的になりました。
松永:そうですね。最近は投手の相性などで先発メンバーを決めることが多くなりました。もし絶対的な選手がいたら、そんな簡単にベンチに下げたりはしないでしょうから、やっぱり選手が力がなくなってきた証拠ですよね。 でも、僕の場合は投手よりも、捕手が変わる方が嫌かな。
――松永さんにとっての“嫌な捕手”のイメージを聞かせてください。
松永:例えばドカベン(香川伸行・元南海)とかは、少し不気味さを感じながら打席に立っていました。
彼は、あまり配球を考えてなさそうなところがあって。2ストライク0ボールから唐突にストライクを投げてきて、3球目に三振を奪いにくることがあるんです。稀に予想外の配球をしてくるので、バッターボックスに立つ打者にとって、なんとなく怖さがありました。
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――確かに「2ストライクまで追い込んだら、次は1球外す」というセオリーがありますね。
松永:僕の場合は、そのような野球に漠然と存在する“常識”をなんとなく疑っていたところがあるんです。現代野球では「2-0の3球目にボールを投げる」ことが当たり前のように思われていますけど、実際はルールでもなんでもありませんからね。
それなのに打者も審判もボールと思っていて、誰もストライクを投げるとは思っていないような状況があったりもする。本来ならば、3球三振を奪いにいってもまったく問題はないはずなんですけどね。
2-0からボール球を投げると、投手が9回を投げ切った時に27球も無駄に投げることになるわけで、僕はそれをナンセンスに感じることもあるんですけど…。そのような僕の思いもあるので、予定通りに3球目を外してくれるバッテリーの方が、対戦していて気持ちが楽でしたよ。
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――投手の球速が上がり、変化球も増えた現代の野球では、本塁打も減少傾向にあるようです。松永さんはスイッチヒッターとしては最多の203本塁打を放たれていますが、飛距離に対してはどのようなこだわりがありますか?
松永:本格的な本塁打打者は、日頃から打球に角度をつけて飛ばすトレーニングを積み重ねていますから。実際は打球が当たるだけで、そのままスタンドに入ってしまうような選手が結構多いんです。ある種の才能のような部分があるので、その感覚を言葉で説明するのは難しいものがあるんですけど……。
僕自身もフライを打つときはボールの下、転がしたい時は上、強く転がしたい時は芯を打つといったことを心がけていて、状況に応じて打球を打ち分ける中で本塁打も打てていました。でも、生粋の本塁打打者には、僕の打撃とは一味違った、決して真似して出来ないような部分があるようにも感じました。
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――飛距離を伸ばす際に何か参考にされたアドバイスはありましたか?
松永:僕はインコースのボールゾーンを左方向に打つ方法がわからずに悩んでいた時に、加藤秀司さんに「どうやって打つんですか?」と聞いたことがあるんですけど、加藤さんには「丸いボールをバットで叩けば、おのずと向こうに飛んでいく」と言われて……(苦笑)。
でも、その言葉を自分なりに考えながら解釈をして、打つための方法を考えていった。その積み重ねが後の打撃フォームや打席でのボールの待ち方に繋がったのではないかと思っています。
――簡単な言葉をじっくり考えたことが、その後の活躍にもつながっているのですね。
松永:そうですね。これまでの野球人生でたくさんの素晴らしいコーチと出会いましたけど、コーチのアドバイスをそのまま受け入れて、その通りにやったことはほとんどないと言っていいかもしれません。誰かに来た言葉を「自分だったらこうするかな…?」「もっとこうすればよくなるかも…?」といったところを考えながらアレンジして、自分の打撃を完成させていきました。
プロ野球選手に限ったことではありませんが、好奇心を持ってすぐに実践できる人が伸びていくと思いますし、頭で考えて行動になかなか移さない人はあまり良い結果が残せないと思っていて。
スポーツの場合は特に経験が大切ですし、僕は野球に限らず「まずは試してみたいタイプ」でしたから、もしうまくいかなくても、次に向けた改善方法を前向きに考えることが現役時代は習慣になっていたように感じます。
小久保裕紀(出典/Getty Images)
――対照的に松永さんが他の選手からアドバイスを求められたり、相談されるような状況はありましたか?
松永:そうですね。よく覚えているのは小久保裕紀選手(現、福岡ソフトバンクホークス監督)です。まだ若手と呼ばれていた頃の彼が僕のところ来てくれて、「自分はローボールヒッターなのに、高めのボールを振ってしまう」と相談されたことがありました。
それに対して僕は「もしボールが見えるから振ってしまうのなら、高めのボールを見えにくくしてみたら?」と伝えたところ、彼は実践してくれて。ヘルメットを下げて打席に立ち始めた1995年には本塁打王(28本)のタイトルを獲得したんです。
本人の実力や努力のおかげで結果が残せたことは言うまでもありませんが、しっかりと顎を引いて、狙い球以外を振らないような打撃フォームを作ったことも活躍できた要因の一つなのかなと思いました。
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――さまざまな情報が溢れる時代ですが、今まさに野球に取り組まれている学生や若手選手が、さまざまな情報や意見に振り回されることなく実力を伸ばすには、どうすれば良いでしょうか?
松永:現代は僕らの頃よりも色々な情報に溢れていますし、それだけでも全然違う状況ですよね。でも情報がある時代だからこそ、じっくり物事を考えながら、粘り強く取り組む癖を身につけてほしいと思っています。
もし、仮に自分が「ボールをスタンドに入れられない」状況を目の当たりにした時に、「やっぱりフェンスを越えないよね…」と諦めてしまうのか、「こうすれば出来るかも…?」と試行錯誤を重ねていくのかでは結果が全然変わってきますから。その辺りを考えながら、腰を据えて野球に取り組んでもらいたいなと思っています。
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松永浩美(まつなが・ひろみ)
1960年9月27日生まれ、福岡県出身。高校2年時に中退し、1978年に練習生として阪急に入団。1981年に1軍初出場を果たすと、俊足のスイッチヒッターとして活躍した。その後、FA制度の導入を提案し、阪神時代の1993年に自ら日本球界初のFA移籍第1号となってダイエーに移籍。
1997年に退団するまで、現役生活で盗塁王1回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回などさまざまなタイトルを手にした。メジャーリーグへの挑戦を経て1998年に現役引退。引退後は、小中学生を中心とした野球塾を設立し、BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでもコーチを務めた。2019年にはYouTubeチャンネルも開設するなど活躍の場を広げている。